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<説教要約>「命のパン」 2018年7月29日

 出エジプト記3章13節~14節/ヨハネによる福音書6章22節~40節

熊江 秀一牧師

 自分たちの腹を満たすために主を求めてきた人々に、主イエスはご自分が来られた目的を告げる。主は朽ちる食べ物のためではなく、永遠の命に至る食べ物のために働きなさいと告げる。「永遠の命に至るために働く」とはどういうことか。それは主イエスを信じることである。主を信じることこそが神の業であり、永遠の命に至る食べ物のために働くことである。

 しかしその時、人々は主を信じるために荒野のマンナのようなしるしを求めた。これが私たちの現実である。そんな私たちに、神はしるしとして天からのパンである主イエスを与えた。「私は命のパンである」と主は宣言する。この方のもとに来る者は決して飢えることも渇くこともない。このパンを食べて、私たちは養われる。

 この宣言のような「私は……である」(エゴー・エイミ)は、ヨハネによる福音書の大きな特徴である。これは今日の旧約聖書(出エジプト記3章)では「わたしはある。わたしはあるという者だ」という神の名である。だから「わたしは命のパンである」という宣言には、「主イエスが生きて働く神であること」と「このお方が命のパンとして私たちを生かす」という二つの意味が込められる。

 さらに主は53節以下で「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない」と告げる。ヨハネは明らかに「わたしは命のパンである」と宣言した主イエスに聖餐の恵みを見ている。聖餐に命のパンである主イエスの恵みが現されている。

 神の御心は御子を見て信じる者が永遠の命を得、終わりの日に復活させることだと主は告げる。この神の御心は主イエスの十字架と復活によって実現した。この命のパンのために働く群れとして歩もう。

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