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<説教要約>「暗闇の中で見た光」 2018年8月12日

 イザヤ書8章22節~9章6節/マタイによる福音書4章12節~17節

高橋 真之伝道師

 「悔い改めよ、天の国は近づいた」。主イエスは、この言葉によって福音伝道を始められた。

 天の国とは、神様がすべてを御支配される国のことである。悔い改めとは、神様の方を向いていなかった私たちを神様の方に向けることである。つまり主イエスは、この言葉によって「神様の御支配がもう始まっている、だからこそ、私たちの進む方向を変えて神様の方に、天の国に向かって歩みなさい」と語っているのである。

 しかし、悔い改めるということは、大変難しいことのように聞こえる。だが、主イエスは、この言葉は「悔い改めることのできない人を突き放す言葉ではない。むしろそのような人たちのための福音なのである」と言われた。そのことは、主イエスがどのようなところでこの言葉を語ったのか、というところから明らかとなる。

 主イエスは、この御言葉をユダヤ人たちからは罪深いと見放された「暗闇」の中にある土地と言われていたガリラヤで語られた。そして、私たちはこのガリラヤに自分たちの姿を見てもよい。なぜなら私たちの現実もまた、私たちの罪ゆえに、この暗闇で覆われているからだ。

 しかし主イエスは、その暗闇の中にまことの光となって来られ、そこに住まわれ、福音を語られたのである。だから暗闇に住む私たちにも、どんな時でもこの主イエスがともにおられることが言えるのである。

 つまり、主イエスの悔い改めよという宣言は「あなたとともに私はある。あなたは私という光によって暗闇を照らされ、安らぎとともに天の国へと向かい、その歩みをすることができるのだ」という意味を持っている。私たちはこの言葉を信頼し、天の国へと歩んでいこう。

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