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<説教要約>「初めから“ある”お方」 2018年10月7日

出エジプト記3章13節~15節/ヨハネによる福音書8章48節~59節

熊江 秀一牧師

 私たち教会の信じる神は、父・子・聖霊の三つの役割を持って、私たちに創造・救い・聖化を成し遂げる三位一体の神である。しかしそれを受け入れることはなかなか難しい。同じ旧約聖書を正典とするユダヤ教の信者も受け入れることが困難で、イエスを神として受け入れられない。今日の箇所のユダヤ人たちもそうであった。

 彼らは主イエスに「あなたはサマリア人で悪霊に取りつかれている」と怒りをあらわにした。それに対して主イエスは否定しつつ「わたしの言葉を守るなら、その人は決して死ぬことはない」と宣言した。主は怒りをあらわにする者たちにも御言葉に生きる幸いを示される。御言葉に生きる時、死を越えた永遠の命の希望が与えられるのである。

 しかしながら、この福音の宣言を聞いてもユダヤ人たちはかたくなであった。「あなたはアブラハムよりも偉大だというのか。自分を何者と思っているのか」と主を責めた。彼らは主イエスを教師とは認めても神と信じることはできないのである。御言葉を守るとはどういうことか。それはただ言葉を信じることではない。御言葉を語られた方、主イエスを神と信じ、すべてのはじめから存在されるお方であることを信じることである。

 主イエスは「アブラハムが生まれる前から『私はある』」と宣言する。これは神がモーセに示された神の名である。主イエスはここで、わたしはあなたがたの祖・アブラハムの生まれる前、世のはじめから存在する神であるということをお示しになった。

 私たちの土台は何か。それは父なる神と共にはじめからおられる子なる神・主イエスである。父・子・聖霊なる神の信仰に立ち、主の御言葉に生きよう。

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