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<説教要約>「イエスさまはよいひつじかい」 2018年10月28日

詩編23編1節~6節/ルカによる福音書15章1節~7節

熊江 秀一牧師

<教会学校との合同礼拝>

 あるとき、イエスさまは神の愛を教えるために、こんなお話をしてくださった。

 ある所に100匹の羊をかっている人がいた。この羊飼いは羊に名前を付けて、その名を呼んで大切にしていた。ある日、その中の「コロ」が群れから離れてしまった。羊は目が良くない上、熱心になると周りが見えなくなる。しかもコロは岩穴に落ちてしまった。コロはもう、自分では家に帰れない。

 夕方になり、羊飼いは羊を連れて家に帰った。そして羊を数えながら家の囲いに入れた。しかし1匹足りない。羊飼いは99匹を残して、夜の暗闇の中、迷子の羊を探すために出て行った。それは羊飼いにとって危険なことであった。羊飼いは何度も大声で叫びながら探し回った。そしてついに迷子の羊を見つけ出し、抱きしめた。羊飼いは羊を肩に担いで家に帰り、家で待っていた99匹や友人と喜び祝った。

 イエスさまはそのお話をして、神はあなたがたを愛し探し求め、救われることを望んでおられると話された。そして、この羊飼いこそイエスさまなのである。イエスさまはご自分のことを「わたしはよい羊飼いです」と宣言し「よい羊飼いは羊のために命を捨てる」と語られた。

 私たちも迷子になって、滅びの岩穴に落ちてしまう。イエスさまはそんな私たちを救うために人となり、来てくださった。私たちを捜し求め救い出すために、十字架にかかってくださった。イエスさまはよい羊飼いとして私たちを導かれる。そしてイエスさまは、この迷子の羊が見つかった喜びを共に喜ぼうと招かれる。この羊飼いの喜びを共に喜ぶ群れは教会である。羊飼いであるイエスさまに導かれて、ともに歩もう。

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